土曜日は、父の88歳の誕生日でした。
さあ、お祝いと実家に到着すると、父の92歳になる姉の訃報。
翌日は、伯母のお通夜となりました。
読経の後、ご住職が宗派の蓮如の白骨の章を読み上げてくださいました。

それ人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、凡そはかなきことは、この世の始中終、幻の如くなる一期なり。されば、いまだ万歳の人身を受けたりということを聞かず。一生過ぎやすし。今に至りて、誰か百年の形体をたもつべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫、末の露よりもしげしと言えり。
されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風来たりぬれば、すなわち二つの眼たちまちに閉じ、一つの息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李の装いを失いぬる時は、六親眷属集まりて、嘆き悲しめどもさらにその甲斐あるべからず。
さてしもあるべきことならねばとて、野外に送りて、夜半の煙となしはてぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり。
されば、人間のはかなきことは、老少不定のさかいなれば、誰の人も早く後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。

深いです…
ここに至るまでに…
私は、まだまだ。。。

でも、信心や宗派を超えて、その根底にあるものは、同じかもしれない

私は、念仏…を唱えるまでには至らないが、
後生の一大事を心にかけて生きよう❤️生きなきゃ❤️と、心の中で呟いてた✨


幼児教育あれこれのmasa先生の記事『大人に拍手!』を読んで
私の中になんとなくあった違和感の正体❓がわかった

大人に拍手!
幼児教育あれこれの記事です↑


そうなんですよねえ~
大人は、子どもの憧れですよね、早く大人になりたいなあって…
だから、それは、大人になってから!

大人の仕事を本物そっくりの制服を着せたり、企業とコラボして仕事を疑似体験できる施設があるけれど、
私は、それになんとなく違和感を持っていましたが❗️❗️

こういうことなんですよねえ…
働く大人を見て、わあ、すごいなあって感じる憧れは、
子どもの時にしか感じられない
こういう漠然とした憧れ…いいですね

大人に拍手!
masa先生の園は、素敵な幼稚園だと思います


先日、Facebookの記事に 女流日本画家 篠田桃紅さん、103歳の記事がありました。

這えば立て立てば歩めの親心 とは、その通りではありますが、以下の文面は、人生だけではなく子育て(人育て)にも相通ずるものがあると感じました。

以下抜粋します。
前略
中略

もし仮に、無駄のまったくない人生を生きてきた人がいたとしたらどうだろう。

やることなすことすべてうまくいき、日の当たる場所や、近道だけを選び、効率的で全く無駄のなかった人生。

もしいたとすればの話だが、およそつまらない人間がそこに存在していることになる。

人は、寄り道をしたり、道草をくったり、どん底を味わったり、失敗や嫌な目に遭うという、人生の無駄を経験するからこそ、人としての味や深みが出る。

「人生の余白」ともいうべき、人としての遊びや余韻の魅力だ。

「無用の用」という老子の言葉がある。

一見すると役に立たないようなことが、実は大きな役割を果たしているということ。

無駄のある人生も、時にいいものだ。


あしやあそぼくらぶの活動もここにある『無用の用』でありたいなあと、10年を迎え改めて感じています。

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〈あしやあそぼくらぶ のびるのびるの活動より〉

子育てを専業とする母、仕事と両立する母…
どちらが大変…❓

どちらも大変❗️❗️

子育てという言葉は、嫌い
だって子どもは、いつか大人になるんだもの,

人が人を育てるの…
だから、大変なんだと思う

だけど、息がつまるほどしんどくなったら…
大きく深呼吸しよう
ちょっとだけ、自分の気持ちの行く先を…
ちょっとだけ 変えて…
大きく深呼吸しよう


2017.05.15 見ないで!!
週に3日、小学校で特別支援教育支援員として通常学級に入っている。

少し浅めだったのかな、私のズボン…
必死でしゃがみながら算数の指導をしていたら、授業中、いつもガサゴソしている君が…
私のお尻辺りに貼り紙をしてくれました⁉️

みないで!

ただ、ガサゴソしているだけじゃなく、しっかり教室の色々なこと…見たり、聞いたり、考えたりしているんだよね~
お見苦しいところをお見せしました、貼り紙のお心遣いありがとう😊❤️(笑)